読書する時間がこんなに愛おしい。’19,9.

安曇野市では図書館で一度に借りられる本の数は10冊まで、借りられる期間は2週間ですので、だいたい自分用に2、3冊と娘のための絵本を7冊から8冊、お借りしています。
最初はよくばって自分用に読む本を多く選んでいたのですが、育児と家事にいそしむ時間はわりあいに多く、延長しても諦めて返却するのがしばらく続きましたから、しっかりと読みたいものを読みきれるだけ、それは多くても3冊と決めています。
新しい本棚にも読みたい本はどんどん増えていくのですが、なかなかそこまで手は伸びず、あらためて、読書することはなんて贅沢な時間の過ごし方なのだろうと思い知らされています。
それでも以前よりは、読書をする時間が少しずつ増えてきました。これはたいへんに有り難いことです。
先日は産後はじめての長編小説『マチネの終わりに ー平野啓一郎著』を丁度よいペースで読了することができて、久方ぶりの充実感を味わいました。
ドラマでもなく、映画でもなく、紙の小説とじっくり向き合えたこと、その物語について一週間ほどの間、静かにもの思いに耽られたことに、なにともいえない達成感を得ることができました。
おかげで『マチネの終わりに』はもう映画化の撮影も終わり、この秋(2019年11月1日)公開される予定だそうですが、映画との出逢い方も小説との出逢いのほうが先だったという楽しみ方に変わります。

とにかく今また読書が楽しくて仕方がないわたしですが、図書館でお借りした3冊の手元にある本についてちょっとご紹介させていただきます。

『下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち ー内田樹著』
こちらは関西の自宅の書棚にも置いてあります(出版された2007年に読ませていただきました)。どうしても今また読みたくなって借りてきました。音楽教室で歌うことを教えようなどという特殊なお仕事を仰せつかってしまった当時のわたしに、ああ、これでいいんだ、間違っていない、むしろこの仕事を一生の研究テーマにしていきたい、とこの本には大きな勇気と目標をいただいた経緯があります。関西から安曇野へ土地を新たに、子を持つ親になった自分を新たに、またここでじっくりと内田先生の文章と対話しながら新たな目標の再確認をさせていただいているところです。

『しゃがむ力 スクワットで足腰がよみがえる ー中村考宏著』
安曇野での暮らしもこの夏で2年になりました。ようやく庭の草抜きが日課になりつつあります。身体のメンテナンスでお世話になっている二人の先生が口を揃えて「しゃがむのは身体をわるくする」というので、どうしても草抜きをしなければならないわたしはどうしたものかと思っていましたところ、いつかどこかの本屋さんで見た「しゃがむ力」という黒い太字を思い出し、蔵書検索で探してみたところありがたいことに見つかりましたのでお借りしました。どうもしゃがむこと自体が身体をわるくするのではなく、わたし自身のしゃがみ方を改善する必要がありそうです。今日も明日も明後日も、草抜きをしながら「しゃがみ方」についてああだこうだと奮闘したいと思います。

『ピアニストのノート ーヴァレリー・アファナシエフ著』
先日のNHKで再放送されていました『漂白のピアニスト もののあわれを弾く』ですっかり虜になってしまいました。ああ、わたしは今まで何をしていたのでしょう。これほどの音楽家の音楽に耳を傾ける時間を怠っていたとは!やっとその時間が得られたことに感謝することのほうが幸せですね。わたしがこれから自分の歌で表現していきたいもののテーマとなりつつある日本古来の「もののあわれ」をこれほどまでに深く聴き入り、読み解き、表現しようとするピアニストがソビエト連邦に生まれていらしたとは。ヴァレリーがモスクワ音楽院の学生時代によく聴いたレコードには日本の能があると知ったときは本当に嬉しく、これからしばらくヴァレリーを師としてわたしなりの歌を求め、作り、歌っていこうという課題が持てました。

読書は本当に楽しい。そういえば季節は秋、読書の季節でもありますね。
安曇野は冬が長いですから、冬も読書にはもってこいの長い季節になりそうです。